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月下の一隅[若月まり子の資料室]
[第1夜]
妖精画廊
挿絵黄金期の絵師たち
荒俣宏 編
月刊ペン社刊 B5判

 満月のかかる青い空に帆船はゆったりと船出して……星くずとともに船をいざなうように鳥の群れは飛び過ぎる……それは今しがた眠りについた子供たちの夢のできごと……淡いランプの光に照らされた現実の室内の子供たちとその眠りからわき上がるように大空いっぱいに広がる二人の夢の世界。
 ケイリー・ロビンスンによって描かれた「青い鳥」の表紙が何度見ても魅力的なこのイラスト集は、私が初めて19世紀の多くのイラストレーターたちの作品に触れるきっかけとなった一冊です。
 それまでも日本で紹介されていたシシリー・メアリー・バーカー、ケート・グリナウェイ、ベアトリクス・ポター、ミュシャなどにも充分夢中でしたが、これはまた新しい驚きと感動がびっしりつまった宝箱のような作品集です。
「妖精の国で」のリチャード・ドイル、「青い鳥」のケイリー・ロビンスン、元祖花の妖精?のウォルター・クレインをはじめ、ただの風景画家と思っていたターナーはドラマティックな夜の嵐の海を描き、エロティックだったりブラックだったりする、おかしな内容をすごい情熱で描き上げるフランク・C・パペなど、見れば見るほどとりこになってしまう物語性に満ちた絵が次から次ぎへと出てきます。
「元来挿絵とは文字で表現し得ない要素を絵にして伝達する『メッセージ』でなければならなかった」と編者荒俣宏さんが語るように、一点一点の絵はその中にあっという間に引き込まれ読んでもいないのにあれこれといろいろな物語を連想してやめられなくなる独特の味わいを持っています。
 私自身のもち味は抒情的で静的なものと思い込んでいたのですが、この本を手にしてからリチャード・ドイルのコミカルなしぐさが何とも可愛らしい妖精たちにもすっかり夢中になってしまいました。
 この本のグラビアの良さもさることながら後半のモノクロの版画篇がとても見ごたえがあります。編者の挿絵本に寄せるなみなみならない愛着と当時次々と開発されていった版画、印刷の技術や人々の関わり合いをつぶさに追っていく好奇心満々の姿勢とがかてて加えてこの本を専門的で奥深く楽しいものにしています。
 今氾濫するたくさんの印刷物や映像に比べてこのころの挿絵が何と暖かく深く重みのあるものなのかと思うとき、まだ多色石版が開発されたばかりで職人がいちいち手で機械を使って刷っていたことと一枚の絵に込められた画家たちのインスピレーションの強さと仕上げにかける情熱が今では考えられないほどすごかったことにため息を禁じえません。丹精した手仕事が私たちにもたららす喜びの大きさと重要性をいつの世も忘れたくないものです。
 そのようなわけで二十数年、いまだすぐに手に取れる場所に置き続けている一冊です。

[若月まり子 2006/09/27]

(注)「妖精画廊」荒俣宏編は月刊ペン社より妖精文庫別巻として1980年に刊行されその後絶版となりましたが、1994年に光風社出版より月刊ペン社版を一部差し替え増補して「新編妖精画廊」として刊行されました。しかしケイリー・ロビンスンの絵は残念なことに新編には収録されていません。なお、月刊ペン社刊行の「妖精文庫」の一部は現在「ちくま文庫」で復刊されています。

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