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月下の一隅[若月まり子の資料室]
[第3夜]
小川未明童話集より
「島の暮れ方の話」「月夜と眼鏡」
小川未明 著
新潮文庫刊 文庫判

 妖精のイメージをもっとも強く心に刻むことができたのは、子供の頃に読んだこの日本の童話作家の2作品です。
 たぶん私が日本人であったからということと、絵本ではなく文字で書かれた物語であったために自由にその姿を思い浮かべることができたからということでしょう。
 この2作品はとても短い物語であるにもかかわらず、詩のように強烈に心をゆさぶるものでした。
「島の暮れ方の話」では、夕暮れどきに旅人がふと花の咲き乱れる島の野辺のあばら家に佇む美しい女に出会い、その女から──去年いなくなった妹の着物に似たのがここに掛かっていたので思案にくれていた──という話を聞きます。
 そして次の日再びそこに行ってみると廃屋の蜘蛛の巣に蝶の羽が掛かっていた……という、それだけの話ですが、どこともしれない波の音の聞こえる静かな島でのひそやかな切ない出来事に深く胸を打たれて忘れられなくなりました。
 姉も蝶、妹も蝶なのです。
 青い海を背景に咲いては散りゆく花々のように、蝶もまた短い時をひらひらと舞っては自然のなすがままに野末に消えていくのです。
 20歳くらいのとき、7月の末、礼文島を旅したことがありました。まだ観光化も進んでいなかったころのこと、北国とはいえ、島中に花が咲きにおい、打ち寄せる波の音が聞こえる澄み切った空気の中で、この物語をありありと身をもって感じる思いがしました。
 この蝶たちのような、はかなくも美しい存在こそ私のイメージの原点のような気がしてなりません。
「月夜と眼鏡」は同じような雰囲気でありながらとても暖かくやさしい物語です。
 月の美しい夜ふけに遅くまで針仕事をしているおばあさんのもとに、指を傷つけた少女が訪ねてくるのですが、おばあさんがめがねをかけてよく見るとそれは1羽の蝶だったのです。
 それを知るとおばあさんはやさしく少女を裏庭の花園につれていきます。そしてふと振り向くと少女の姿は消えていたのです。
 おばあさんは何事もなかったように「みんなおやすみ、どれ私も寝よう…」とつぶやいて家に入っていくのです。
 このおばあさんは人生の終わりにおいて森羅万象の中に溶け込むようにして生きています。
 人間も自然も精霊も、彼岸に近づきつつあるおばあさんにとっては、すでにひたすら受け入れ、信じ、愛し、いつくしむものとなっているのです。
 いえ、もしかしたらおばあさんは生まれながらにそういう人だったかもしれません。
 この物語を読み終えたあとでは、何ともしれず、この世のすべてを愛したくなるような衝動にかられてしまうのです。妖精が人の心のやさしさに触れようよして人を訪ねて来る……そんなことがあるのかもしれませんね。
 自然のスピリットである妖精たちこそ人の心の内を鋭敏に察知しているのかもしれません。
 この2つの夢のように美しい物語は一生私の宝物であり続けることと思います。

[若月まり子 2006/10/12]

(注)「島の暮れ方の話」、「月夜と眼鏡」収載の小川未明著「小川未明童話集」は1951年に新潮文庫から刊行されましたものを1960年代に読みました。現在も版を重ね発売中です。

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