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月下の一隅[若月まり子の資料室]
[第5夜]
眠り姫
The Sleeping Princess
油彩 60×115cm 1871-3年
連作「いばら姫」(The Briar Rose)のうちの1点
エドワード・コリー・バーン=ジョーンズ
ポーンセ美術館蔵

 これほど美しい絵に出会うことはめったにありません。
 宮殿を被う深い緑のいばらの茂み……100年の時を眠り続ける姫は純白の薄い衣装をしどけなくまとって横たわり……うす紅いろのいばらの花が咲きこぼれるかかる。
 折り重なるように眠る侍女たちのばら色と白の衣装にもいばらの花びらがふり積もり、静けさの中に甘やかな香りがただよう。
 1987年、新宿の伊勢丹美術館で公開されたバーン=ジョーンズの「眠り姫」です。バーン=ジョーンズの作品の中で、私が目にしたかぎりでは、これが一番すばらしいのではないか思います。
 詩と絵画の結合、物語性のある絵画、絵画で語る物語……そういうものに憧れ続けてきた私です。この絵を見た時には、ああ何てその憧れが実現されている作品なんだろうと感慨ひとしおでした。
 バーン=ジョーンズの絵を前にするとまず独特の静謐感に打たれます。凛とした静謐の音の中に立ちすくみ、神秘な夢幻の世界へとふっと誘われるのです。この世のどこにも実際にはありえない、物語がほんとうにその物語になった、神話がほんとうに神話になった美しい世界。そのせいか、絵の中から現世に向けられた美女たちのまなざしは、どれもみなメランコリックな趣をたたえています。
 バーン=ジョーンズは人の顔に表情を与えることを好まず、ほとんどの場合、無表情に描いています。
「人々が表情と呼ぶものを描き出したとたん、人間の顔がもつ典型的な性格は損なわれ、何も表すことのない肖像へと堕落してしまうだろう」と彼自身も語っています。
 私が人形作品を作るときに、顔立ち身のこなしなどのイメージのお手本として思い浮かべる率の最も高いのがバーン=ジョーンズの女性像です。
 身のこなしについてはどれも静的でありながらドラマティックで、特に「宵の明星」は、この世のものでないために、はるか地上を見下ろして、つま先だった足でゆっくりと天空を行く女神の姿にはさりげないながらドッキリさせられるものがあります。
 私はかつてバーン=ジョーンズへのオマージュとして「眠り姫」(いばら姫)、と「宵の明星」を人形作品として制作しました。その折にも思ったのですが、人形作品で物語を語る場合の特徴は、絵のように画面全体に散りばめるべき物語性を1体の人形がずっしり担わなければならないということです。思い入れが多すぎれば装飾過多に陥ってしまう危険性があるし、あまりに単純化しても説明不足でつまらなくなってしまうので、そのぎりぎりのところを目指すのが作品作りの目標のひとつになっています。ですから、1体の人形はひとつの物語の凝縮したオブジェとも言えると思います。
 人形制作にしても絵にしても私としては、バーン=ジョーンズのようにだれも見たことのない、でも見たら忘れられなくなるような作品を創出して行きたいものだと思っています。

[若月まり子 2006/11/07]

(注)バーン=ジョーンズの「眠り姫」は、1987年2月新宿・伊勢丹美術館にて開催された「バーン=ジョーンズと後期ラファエル前派展」(主催:東京新聞/ブリティッシュ・カウンシル)に出品展示されました。この絵画作品「眠り姫」は、連作「いばら姫」のうちの1つです。連作「いばら姫」はプエルトリコのポーンセ美術館(ルイース・A・フェレ財団)が所蔵しています。
ポーンセ美術館の表記は Museo de Arte de Ponce です。
ポーンセ美術館のurlは www.museoarteponce.org/ です。
また、バーン=ジョーンズの画集は数種出版されています。

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