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月下の一隅[若月まり子の資料室]
[第8夜]
花の知恵
モーリス・メーテルリンク 著
高尾歩 訳
工作舎刊 四六判

 花たちに対する見方を一気に変えられてしまうすごいインパクトを与えてくれるのがこの「花の知恵」です。
 ここではもう花はただ咲いて美しい姿を見せているだけの鑑賞物などではありません。私たち人間と同じように知性や意志を持ち、自分の目的達成のためあらゆる手段を考え出し、全力をつくして生をまっとうする存在なのです。
 私は花に対して自然の傑作という畏怖にも似た感情を持ち続けていましたが、こういかたちで対等な関係になることを学び、そのおかげで、花に対してインタビューすることができるようになったことを、メーテルリンクに深く感謝しています。
 この本の中ではどの花もすばらしい仕事をしていることが語られているのですが、その努力の裏にかくされた悲劇を知るにつけ感動を新たにせずにはいられません。たとえば、セキショウモの雄花が雌花より少し茎が短いために自分の茎を断ち切って結合を果たす話、垂直に切り立った岩壁に落ちたゲッケイジュの種がどれほど苦労して巨木に育ったかという話、スミレやチュベローズやジャスミンがどんな責め苦を受けてそのすばらしい香りを人間にゆずり渡すのかといった話など、これらの悲劇を読んで声をたてて笑ったりしたら花たちに失礼にあたります。くれぐれも気をつけてください。
 セージやランの機能のすばらしさといえば、レオナルド・ダ・ヴィンチもびっくりの意表をついた巧妙な設計で、もう感心することしきりです。
 花は地面に繋ぎとめられているという恐ろしい宿命を負っているがゆえに、どうやって命を次の世代に引き継いでいくかということについて、他の生命体以上に創意工夫を凝らさなければならないのです。でも、その結果様々な色や形や香りをもつ花が生まれて、私たち人間の目に至福を与えてくれることになり、私のような花の妖精人形シリーズを作る者はさらなる恩恵にあずかっているのですが。
 考えてみれば花たちは私たち人間の先祖よりはるかに昔から生き続けている大先輩です。
 メーテルリンクは、「その手段は力学、弾道学、飛行技術、あるいは昆虫観察などにおいてはしばしば人間の発明や知識に先行するものであった」と述べています。
 でもそうした立派な花たちとは、この苛酷な自然の条件の中で日々試行錯誤を重ねる野生の花たちであって、人間の手によって甘やかされた生活をしている花たちではないのです。メーテルリンクが蜜蜂についても同じだと語っているように、花たち(広く植物たち)も甘やかされた環境に置かれれば、すぐにその創造的努力をやめてしまい、たとえば、ムギなどは年中暖かい地域などに運ばれると実を結ばなくなり、ただのシバになってしまうのだそうです。
 私は野生の花々の生き生きとした様子にいつも感動するのですが、その生き生きということは、常におそいかかる死からなんとか逃れて生きようとする切なる努力を重ね続けているからこそ発揮されるものに他ならないのではないかと思います。
 そしてそのことが、私たち人間にほんとうの美しさを感じさせる要因なのではないでしょうか。だとすれば、今、わたしたち人間はあらためてひたむきに生きる花たちに教えをこわなければならないのかもしれません。

[若月まり子 2006/12/01]

(注)モーリス・メーテルリンク著「花の知恵」は高尾歩訳で1992年に工作舎から刊行されました。著者のメーテルリンクは世界的に有名な戯曲「青い鳥」の作者です。この「花の知恵」は文学者であるとともにナチュラリストでもある彼の科学エッセイです。

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