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ピエタ
Pieta
彫刻(大理石) 高さ174×幅195cm 1499年
ミケランジェロ・ヴォナローティ
サン・ピエトロ大聖堂蔵
こんなにも優しい悲しみをたたえて大いなるあきらめの果ての威厳に満ちたミケランジェロのピエタは、あまたの聖母像の中でも最高のもののように私には思われます。
やわらかなベールのひだに包まれ、うつむいてイエスを慈しむように抱く聖母の顔は、まなざしを伏せてじっと静かな想いにひたっているようです。
受胎告知を受けたときからすべては神のなすがままに従うと心をささげていたはずなのに、この世の母としての悲しみはかくすことができません。
たくさんの矛盾を孕んだ運命のすべてを引き受けた聖母の体はついに大きくどっしりと腰を下ろして、右手でキリストを抱き、左手を神への帰依に向けています。
光のあたる具合によって微妙に変化する表情は聖母の複雑な心境を、あるときはあきらめ、あるときは悲しみ、あるときは超越した喜びのようなものをと多彩に感じさせます。
苦しみを終えたキリストのやすらかな顔や力の抜けた体や手の表情、衣のひだの精巧さなどあまりにもすばらしすぎるのですが、やはりピエタの美しさの集中するところは聖母の顔の表情です。
この世の愛の原点は何かと想いをはせた時、必ず言えることは子を慈しむ母の愛なのではないでしょうか。
何の見返りもなくひたすらの献身によって命を守り育て見守る母の愛。
もしもそれがなかったならば人類はとうに滅亡してしまっていることでしょう。
その精神が非常に静的でありながら最も人の心に訴えかえる形、単なる母の愛を超越した慈愛の象徴としてのかたちにまで高められて表されているのがミケランジェロのピエタの聖母ではないかと思います。
この作品を実際に目にしたのは20代の時でしたが、その時よりも今になってからのほうが印象があたためられてより深い想いを持つようになりました。
愛というテーマを追求していきたいと願っている私は聖母に重なるイメージをとても大切にしていますし、何度も作品にしています。
ミケランジェロは大理石の塊の中に眠っているイメージを、彼が心に描いたとおりの像をその中から救い出すように彫り起こしていったそうです。
万能の天才であったミケランジェロは詩人でもあり、その芸術理論にふれた詩の中で自らそのことを語っています。
「最も優れた芸術家といえども、或る一個の単独の大理石が自らの内に閉じ込めていないような、いかなる観念、着想をも持つことはない。その観念、着想をその大理石は、余分なものと一緒に、自らの内に閉じ込めているのだが、ただ、英知に従う手だけがその観念、着想に到達するのだ」(「芸術の理論と歴史」青山昌文訳より)
人形制作をしている私にとってもこの言葉はとても重要です。
人形というものはとにかく立体であることにはちがいないので彫刻する部分も多いのですが私はミケランジェロのように大きな石の塊の中から理念を彫り出すようなことはしていません。
いまのところ私の作っているようなタイプの人形は、ジョイントのために中身を空洞にしておかなければならないことと体の部分をばらばらにつくらなければならないという難問をかかえているのでひとつにまとまった理念を塊の中から彫り出すわけにはいかないのです。
それにだいたい私のような一度でイメージどおりの一彫りを正確にできないものにとっては削り落とすことだけで形をつくり上げることは至難の技です。
幸い人形の原型というものは塑像(粘土細工)で行います。そして次の石膏原型を取り出した段階でやっと削除の仕事に入るのです。
ミケランジェロなど彫刻家の仕事に比べるととてもおずおずとした入念なやり方かもしれません。 でも、石の塊の中でなく空間の中で形を認識しようとしている、空間の中からあるべき形を救い出そうとしていると考えれば同じことだと思います。
人形は桐塑(桐のおがくずを用いての彫塑)などで1体だけ仕上げて終わりの場合もありますが、たいていはビスクという焼きものにするため、石膏型の次にもう一度彫刻の段階を経なければなりません。焼成直前の一番微妙な段階です。
ですから私には空間の中に理想の形を見つける2度のチャンスがあるのです。
それにもかかわらず、ミケランジェロのような偉大な才能を授かっていない私は、2度もチャンスを与えられながら、なかなかそれを思いどおりに活かすことはできません。
でも形にはできないけれど強い理念だけは持っているつもりです。ただ悲しいことに実力がともなわないのです。
ミケランジェロの語ることは心にしみてよくわかるのに、理念をいつもそのとおりの形に救い出してあげられないことが残念だと思い続けています。
いつか理念と形がぴったりと一致するような時が一生に一度でも訪れることがあれば……と願いながら制作を続けていくつもりです。
追記
私の人形制作の仕方
上記の文章では、私の制作方法についてわかりにくいと思い、以下に作業の工程を記しました。
ビスクドール
1)まず粘土で塑像をつくります。
2)この塑像が出来上がったら石膏でメス型をとり、次に石膏のオス型をとります。
3)このオス型をもとに時間をかけて彫塑・彫刻をして原型を完成させます。
4)この原型を基に抜き型をつくります。
5)抜き型で抜いた生地(土のままの人形)に彫塑・彫刻作業をして、形を整えます。
6)これを低温(750度)で焼成します。焼き上がった人形にさらに彫刻作業と磨きをかけます。
7)次に高温(1250度)で焼成し人形の生地を完成させます。
8)この完成した生地に彩色(メイク)して低温で焼成します。これを5回ほど繰り返して、やっと人形のヘッド、ボディ、手足が出来上がります。
9)これらをジョイントして、目玉やウィッグをつけ、衣裳、小物を着けるとすべて完了して人形が完成します。
桐塑・石塑人形
1)芯となる部分を発泡スチロールで彫刻して形を作ります。
2)その芯に接着剤を混ぜた桐のおがくずをつけたりとったりする彫塑彫刻作業を行い形をつくります。だいたいの形ができたところで中を空洞にするため芯の発泡スチロールは取り出しておきます。
3)次はその上に石粉粘土をつけたりとったりする彫塑彫刻作業を行います。これが終えたらほぼ土台は完成です。
4)次に胡粉かアクリル製モデリングペーストを厚めに重ね塗りしておき、表面の細かい彫刻をします。
5)さらにアクリル製ジェッソを表面がすっかり整うまで重ね塗りします。
6)ジェッソに調合した肌色を混ぜてむらがなくなるまで重ね塗りします。
7)その上に、彩色(メイク)し、各部位をジョイントして、目玉やウィッグを着け、衣裳、小物を着けるとすべて完了して人形が完成します。
*この桐塑・石塑人形の制作方法はエコール・ド・シモンで数年にわたり勉強したものです。
[若月まり子 2006/12/24]
(注)ミケランジェロの「ピエタ」は、ヴァチカン市国にあるサン・ピエトロ大聖堂が所蔵し、そこに設置(展示)されています。今回この文章を書くにあたり「ピエタ」の細部(写真)について、Antonio Paolucci著 Aurelio Amendola写真の「Michelangelo-The Pietas」Skira社1997年刊を参考にしました。
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