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月下の一隅[若月まり子の資料室]
[第13夜]
夜と星の列車
Night with her Train of Stars
水彩 75.5×124.5cm 1912年
エドワード・ロバート・ヒューズ
バーミンガム美術館蔵

 風を切る羽音が聞こえます。
 それは地上の私たちには見ることのなきないできごと。
 夜空の高みに三対の翼をもつ青い衣の夜の女神は、仄暗い雲海のわき上がるその上をどこにはばたいていくのでしょう。
 夜は母性の女神、衣にはおびただしい数の幼い天使たちが纏い付きながら、手に手に星の光をかざし、限りない列をつくって女神の行く後を追っていきます。それは天使たちの灯す無数の星の連なり、それは夜に導かれた星の列車。
 女神の腕に抱かれたまだ一番幼い天使は夜目にも紅い甘い香りのバラに包まれて眠り、幼子を抱くその手からこぼれ落ちるバラは雲間に散らばり、黒々とした鳥の群れがその間を飛びすぎていく。
 澄んだ夜気の中に風の音がふるえます。
 夜の女神と天使たちは夜を祝福するのです。
 人の心を解き放ち、眠りと安らぎを与え、明日の日の出を喜ぶことができるように……。
 女神はかすかにほほえみを浮かべたくちびるに人差し指をあてて、天使たちに「しーっ、静かに……、静かに……」という身ぶりをしてみせます。
 地上の人間に気づかれないように……と。
 女神の表情はやさしくもあり非常に謎めいてもいます。細かいウェーブのある豊かな黒い髪は風にたなびき頭にいただく冠はゴシックの雰囲気を漂わせています。それらは夜というものの孕む重さをずっしりと感じさせます。そのせいか手の中の紅いバラは、幻惑の象徴とも受けとれます。
 こうして「夜と星の列車」はざわめきながらそしてひそやかに輝きの帯となって人々の寝静まった夜空を横切っていくのです。
 ああ、それは天空にかかるミルキーウェイ……銀河だったのです。母の乳の川といわれる天の川だったのです。人の心の闇をすべて知っている夜の母が夜な夜な地上を眺めながら行きすぎる列車だったのです。
 ロバート・ヒューズのこの絵に触発されて「雪の聖母」という絵を描いたことがあります。
「雪の聖母」は彼女の子供たちである雪の天使たちを、この世のあらゆる罪を純白に浄化する使命を負った雪の天使たちを地上に舞い落とさせている罪の浄化の女神です。
 罪の浄化などということはありえないのかもしれません。
 それでもなお私は、私の「雪の聖母」をもう一度描きたいと思っています。
 毎年雪が降るたびにあまりにも世界が浄化されて見えることに感動するからです。
 まるで奇跡が起こったような喜びを感じるからです。
 でも人の世の闇の重みをすべて受けとめて毎夜天空を行くロバート・ヒューズの夜の女神こそが真実なのかもしれません。
 地上を純白に被う雪ははかなく消えていくけれども、夜空にかかる銀河は永遠なのですから。

[若月まり子 2006/12/27]

(注)エドワード・ロバート・ヒューズ(Edward Robert Hughes, 1857-1914)の「夜と星の列車」はイギリスのバーミンガム美術館(Birmingham Museums And Art Gallery)が所蔵しており、次のURLでこの絵画作品を見ることができます。
http://www.bmagic.org.uk/objects/1915P100
また、「夜と星の列車」は画集『黄泉の女』1995年トレヴィル刊・リブロポート発売に所収されています。しかし現在この画集は絶版(未確認)かもしれません。

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