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月下の一隅[若月まり子の資料室]
[第17夜]
シシリエンヌ
Sicilienne
組曲「ペレアスとメリザンド」より
ガブリエル・フォーレ
1893年(1909年)

 石づくりの古城の高窓から差し込むけむるような光。
 昼なのか夜なのか定かでないおぼろげな明かりの中……
 まるでこのお城は深い水底に沈んでいるよう……
 ゆるやかな水底の流れにたゆとうように薄いモスリンをなびかせながら、遠い何かを懐かしむような、呼び求めるようなフルートの旋律に合わせて、ふわりふわりとメリザンドは踊ります。ホロホロと奏でられるハープのアペジオがどこかからこんこんと湧き出る水のようなイメージを感じさせます。
 沈んでは浮き上がるようなゆっくりとした八分の六拍子のリズムはメリザンドの優雅なステップのようです。
 メリザンドは遠い昔の姫……長いブルー・グレーのローブは中世風の細身のチュニックで両脇のスリットから、下に重ね着した白いモスリンのドレスがひるがえります。
 チュニックには銀糸の縁飾り、腰にかけて前でたらした銀細工にラピスラズリの小さな石をはめこんだ細いチェーンベルトがしずくの滴りようにゆれます。
 広い石の床の広間には他に人影はなく、広間の隅々は闇に包まれて何があるのかは判別がつきません。
 メリザンドは細いしなやかな手足をさまように動かしながら、くるりくるりと回転しながら冷たい広間の床を裸足で舞っていきます。
 メリザンドはいま咲いたばかりの花のように美しいのに、なぜか周囲のお城が朽ち果てて感じられるのが不思議です。
 やがて曲は押し寄せる大きな水のうねりのようになってメリザンドを巻き込みます。嘆きの調べのうねりになって……
 メリザンドはうねりに身をまかせて踊り続けます。足元まで届く長い金色の髪がもつれた絹糸のように、さざなみのように空中にたなびいてきらめきます。
 そう……メリザンドは水の精なのです。
 だからとらえどころがなく、とりとめがなく、ただ清らかなのです。
 水から生まれて水へと帰っていく宿命だったのです。
 ペレアスとメリザンドはお互いの心に同じ夢を見たのです。でもそれはメリザンドの泉のように澄んだ心に映ったペレアスの夢、透き通った水の精のメリザンドにはそれが自分の夢だったのかもしれません。
 舞曲のテーマは繰り返されるたびに少し転調しますが、私は同じテーマの転調の繰り返しが好きです。情景の色調が微妙にブルーがかったり、パープルがかったりするようで。
 このシシリエンヌは5つの組曲になった劇音楽の中の4つ目ですが、最初から聞いていくと、物語のドラマティックな展開を絵のように想像することができます。それはラファエル前派の、特にバーン=ジョーンズやロセッティなどの描く世界がまさに音楽になったかのようです。
 フォーレの曲の魅力はなんといっても詩情豊かな旋律の美しさです。どの曲も心の琴線に触れる独特のロマンティシズムに満たされています。
 この曲はメーテルリンクの戯曲中ではペレアスとメリザンドが泉のほとりで愛を語り合うシーンとして使われていますが、私はなぜかメリザンドがひとり水底深く沈むお城の中で夢見るように踊るシーンを思い浮かべるのです。
 シシリエンヌはジオラマ作品「森の妖精」を1993年信州博に展示した際のナレーションのBGMに使用させていただきました。

[若月まり子 2007/02/09]

(注)ガブリエル・フォーレ(Gabriel Faure 1845-1924)の「シシリエンヌ」(シチリア舞曲)は1893年に作曲され、その後(劇音楽)組曲「ペレアスとメリザンド」(作品80)1909年に組み込まれました。戯曲「ペレアスとメリザンド」の作者はメーテルリンクです。このフォーレの「シシリエンヌ」が収録された「ペレアスとメリザンド」は多くの種類のCDが出されています。
なお、メーテルリンクの戯曲「ペレアスとメリザンド」は杉本秀太郎訳で岩波文庫より1988年に刊行されました。

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