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月下の一隅[若月まり子の資料室]
[第18夜]
布花
山上るい 著
文化出版局刊 B5判

 もう20年ほど前、日本橋三越で開かれた山上るいさんの布花展を見に行ったことがあります。
 会場は仕切られたギャラリー形式のものではなく、売場中央の4本の大きな柱に囲まれた広いフロアをそのまま布花だけで埋めつくした花園。いつも通りの衣類などの品々を並べている中に忽然と現れた異空間。
 一歩足を踏み入れるともう周囲の音さえ聞こえなくなってしまう布花だけの大スペクタクルです。
 花々は洪水のようにしだれ落ち、大きなガラスの花瓶に両手を広げたほどにも大量に活けられ、籐のかごからあふれてこぼれ落ち、あるいは無造作に束ねたブーケにされてあちこちに置かれ、壁面や柱には何種類もの花や葉や蔓が編まれたガーランドやリースとなって掛けられていました。
 枯れた趣のある独特の色調の中に飛び散るローダミンの鮮紅色や紫、うす茶の中に滲むターキスブルーのかもし出す葉の緑のイメージ。
 白の基準はすべてオフホワイトからはじまり全体のくすんだ色調の中でやわらかな白を浮かび上がらせています。
 布地をわざとほつれさせては組み立てて形作った崩れ感のある花々の様子。まるで何百年も前からそこに咲き続けて、美しく色褪せたまま今発見された秘密の花園の中に迷い込んだようでした。
 一輪一輪の花が色といい形といいとても独創的で丹精されている上に、それが群生するように大量につくられているのが、また迫力に輪をかけていました。
 それは山上るいさんの花に熱狂するたくさんのお弟子さんたちが夢中になって力を合わせて作り上げた夢の花園だったのです。
 私が布花を勉強しはじめたのは24歳の頃。仕事柄ドレスに合わせるコサージュをつくるためでしたが、やりはじめてみてすっかりその魅力のとりこになってしまいました。
 紙やキャンバスという固い土台に絵の具をのせていくのとは違って、布花は白い布地から花びらや葉というパーツを切り取って、溶かした染料を直接しみこませるように染めていきます。
 布地は縦横の繊維が交互して出来上がっている隙間だらけの素材ですから、染料はその織られた繊維一本一本を瞬時に伝わっていきます。色の混じる様子は水彩絵の具に似ていますが、紙のような目の詰まったものの上でゆっくり色の載せ具合を見るというわけにはいきません。
 あっという間にしみこんでいく色を途中でさえぎるように反対側からもうひとつの色をしみこませていけば、その色と色とのせめぎ合いによってぼかし染めが生まれます。まだ、濡れているうちに次々とあちらこちらに色を重ねていけばどんどん複雑な色に変化していきます。
 染め上がった花びらや葉は、それだけでもこれから花になるためにスタンバイしているようなワクワク感を感じさせるのですが、さらにそれにコテをあてて微妙なカーブや彫りを与えることで急に立体としての生き生きとした姿を現しはじめます。
 花の構造は自然の模倣のバリエーションです。ある法則を基準にしていればいくらでもオリジナルの花々を作っていくことができます。
 布花は創作の花ですから、バラ一輪にしても本物に比べれば花びらの組み立て方は、ただ自然のままではなく、ずらしたり重ねたりのデフォルメが決め手です。
 そうして描くように染められドラマティックに組み立てられた花は立体化された花の絵画ともいえるのではないかと思います。
 この布花の経験を重ねたことでビスクドールと布花を組み合わせたエルフィン・フローリーが生まれました。エルフィン・フローリーはもうすでに20年の歴史を持つに至ってしまいましたが、今も新作を作り続けています。
 布花をはじめたことで花以外の布地の染色、それも描くように染める染色に興味が沸きました。
 今では作品を構成する布地部分のほとんどすべてのものを手染めにしています。特にドレスは人形の表情とともに私の一番力を注ぎ込む部分で、たくさんの種類の絹を中心にした布地を染めていろいろな形にまとわせています。
 水彩風に染めたシルク・オーガンジーなどが重なって表現する得も言われぬ美しさが私は大好きです。裂いたり、よじったり、穴をあけたり、織り目を乱したり…その都度布地は様々な表情に変化します。そしてそれを重ねたり、なびかせたり、ドレープをよせたり、しだれ落ちさせたり…。
 ドレスが複雑な調和を見せはじめると人形の表情もそのイメージに溶け込むように、同調するように生き生きしてきます。人形のビスクの部分と布地の部分がひとつの立体として溶け合う一番楽しみな時間です。
 花の妖精たちはあらかじめぴったり合うように染めて作っておいた布花のあしらい方で最終的な雰囲気を決めます。
 花は女性の象徴、生命の象徴、美しさの象徴…どんな状況の中でもその咲く姿の根本はゆるぎない形を保ち続けていきます。だから人が花を愛さなくなる時など来るはずはないと私は信じています。
 山上るいさんはその素晴らしい布花の技法を伝えるための本を何冊も残してくれました。
 この本のページを開いてめくるめく紅色のバラの色の変化の妙を、光りの中に溶けていきそうな綿菓子の花のやわらかさを、小さな青い花の茎の流れの美しさを眺めてみてください。一輪一輪にこめられた人の指先の情感の痕跡がしみじみと実感できます。

[若月まり子 2007/02/24]

(注)山上るい著「布花」は文化出版局より1981年に刊行されました。

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