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月下の一隅[若月まり子の資料室]
[第19夜]
絵で見るパリモードの歴史
エレガンスの千年
アルベール・ロビダ 著
講談社学術文庫刊 文庫判

 もっとも美しいモードは今現在のモードである。この点について異論を挟む者はいないはずだ。なぜなら過ぎ去ったモードは色褪せた思い出にすぎないのだから。

(アルベール・ロビダ)


 この本が書かれたのは19世紀の終わり頃。今のことではないのです。
 私たちが、こんなにめまぐるしく移り変わるモードを追い続けるようになったのは、つい最近のことのように思いがちですが、実はそうではなかったのです。
 女性たちは太古の昔から今に至るまで、いかに美しく装うか、今もっとも美しい装いとはどういうものなのかを飽くことなく追求し、そしてどんな権力者の禁止令も夫や聖職者の叱責もものともせず、それを実行し続けることに夢中になり続けてきたのです。
 ロビダの生きていた時代にはきっとマネやスーラが描いたようなコルセットでウェストをきつく締めあげ、お尻をバッスルで盛り上げたロングドレスが流行っていたことでしょう。
 そしてその少し前にはクリノリンという籠のような支えでおもいきり大きな円形に広がるスカートが流行り、ナポレオンの時代にはローマ時代を再現したような薄いモスリンのドレスが流行り……。
 いつの時代も今と同じようにメディアの形態こそ違っても、どこからか発信されるモード情報が次々と押し寄せる波のうねりのように、世の女性たちを巻き込んでいくのです。
 そんなモード情報は昔、どんな形で伝えられたのでしょう。
 今のファッション雑誌に匹敵するような定期刊行物は18世紀の終わり頃からあったようですが、14世紀の中世末期頃には、なんとその情報は人形が担っていたのです。
 人形は古代から呪術や子供の愛玩用に作られていましたが、この頃には最新流行のドレスやおしゃれのしかたを伝えるメディアとして新しい役割を与えられたのです。
 発信源は当時のことですから王妃や寵姫たち、ほんとうは彼女らに仕えていた仕立て職人たちだったのでしょう。
 パリやブルゴーニュでそんな豪華さを競う貴婦人たちから発信された最新モードをまとった人形たちは、ヨーロッパのどんな辺境の地にまでも旅をしていき、たぶん森と湖に囲まれてひっそりと佇む城館に住む姫君の瞳をも輝かせたにちがいありません。
 それと同じように日本の雛人形もある時期から宮中の雅やかな衣装や風俗を伝えるものに変化していったのではないかと思います。
 こうして伝えられていった人形から、辺鄙な地方に住む貴婦人たちは単にドレスのデザインやおしゃれのしかただけを受けとっただけではないのではないでしょうか。きっと華やかなパリの宮殿の雰囲気や香りや舞踏会のざわめきに想いを馳せ、どんなにか胸をときめかせたにちがいありません。
 情報を運ぶメディアとしての人形、あるひとつの世界をもつ人形とはそういうものだからです。
 運んできた世界を語ることもできるし、人のかたちをしているミニチュアであることから自然に見る人と一体になり、その人がその人形そのものとなって人形のもつ世界に遊ぶこともできるのです。
 ミニチュアだということは、ドールハウスや箱庭のように小さな世界をまるごと好きなように眺めることができるという利点もあります。
 14世紀のファッションドールの場合には制作者側にドレスのデザイン以外の意図があったかどうかはわかりませんが、受け手の期待と想像力が世界を広げていったのではないかと思います。
 私は今、人形というメディアを通して感じとれる限りの妖精の世界の情報を伝えようとしているのかもしれません。
 それとも妖精たちに自分たちの姿を人間の目で見えるようにしてちょうだいとせがまれているのかもしれません。
 アルベール・ロビダはこの本でたどれるだけ昔をたどり、アクセサリーくらいしか何も資料のないガリア時代は想像だけですが、墓石などの彫刻やステンドグラス、タピストリーなど参考にできるような時代のものからはできるかぎり詳細に衣装を描き起こし、その後はもちろん絵画、彫刻などあらゆる資料をもとにして19世紀末に至るまでたくさんの素晴らしいファッション・イラストレーションを紹介しています。
 その時々のファッションがどんな時代状況の中で生まれてきたのかについても、とても興味深い説明がくわしく書かれてあり、それがロビダ流のちょっと皮肉っぽい感想を含めて語られているのがまたひとしお味わい深いものがあります。

[若月まり子 2007/06/03]

(注)アルベール・ロビダ(Albert Robida, 1848-1926)の「絵で見るパリモードの歴史」(原題「Mesdames nos aieules-dix siecles d'Elegance-」1891年パリで刊行)は、北澤真木訳で2007年に講談社学術文庫より刊行されました。なお、本書は文庫判という体裁にもかかわらず「絵で見る」という書名どおり挿絵や図版が数多く収められています。
著者のアルベール・ロビダはイラストレータ、版画家、小説家と多才な人ですが、近未来小説の二十世紀三部作でジュール・ベルヌと並ぶフランスの先駆的なSF作家です。

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