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おやすみ、優しいニンフたち
CD「エマ・カークビーの肖像」より
エマ・カークビー 歌
ポリドール 発売
森の谺よ、せせらぎよ、しずくを宿した木々の葉よ、
私たちといっしょに歌いましょう。
あの人が聞かせてくれたこの歌を…
私たち精霊のために歌った、もの悲しく、甘美な子守歌を…
おやすみ優しいニンフたち
この上なく豊かな眠りの中
星の輝きを放つ瞳をうっとりと閉じて
ぼくのリュートが柔らかい響きで心をゆさぶり
お前たちを見守っているこのひととき……
ララ、ララバイ……ララ、ララバイ……
あの夜歩き疲れてふと立ち止まったあの人は、この苔むした岩に腰を下ろしました。
あの人の足下には、湧き出る泉の水が岩と下草の間を幾すじもの小さな流れをほろほろとほとばしらせ、周囲の木々は黒々としずもれて、見上げればその間から星をちりばめた夜空がきれぎれにのぞいていました。 楽人のもつ蜜のようなかぐわしさに誘われて、私たち精霊はひとり、またひとりと舞い降り、木々の中から、泉の中から姿を現し、うすぎぬの衣をひいて、遠く、近くにあの人を囲んで集まり、胸をときめかせました。
あの人には私たちの姿が見えるのです。
それはあの人がいつもそれを望んでいるから……
そう、ぼくは美しいきみたちを眺め、触れ合い、慈しむことで心を満たし、それを詩に歌うことができるのだ。
そしてきみたちを実際には見ることができないけれど、その存在に憧れる人々にその様子を伝え聞かせようとしているのだ。
ぼくはそうして幾多の森や街を巡り、一夜の干し草の寝床を借りる農家の暖炉の前でも、遠い国の宮殿の宴の席でも、きっと君たちのことを語り、皆はそれに聴き入ることを心待ちしているのだ。
旅から旅への道すがら、こうしてこの夜また会えたのだから、尽きることのない恵みのお返しに今夜はリュートを奏でてきみたちのために歌おう。
心地よい眠りを……甘い眠りを……
恐れることなど何もありはしない
おだやかに安らかに身を横たえなさい
美しい乙女たち歓喜の夢を見なさい
……
心の望むままにいつの日までも
歓びの消えることはないのだから……
ララ、ララバイ……ララ、ララバイ……
そしてきみたちがまどろんだら、ぼくは立ち去ろう。
いとおしい自然の生命たちよ、この大きな夜に、やさしい歌に抱かれて眠り、また目覚めては生き生きと光を放ってほしいのだ。
きみたちからの恵みを受けてぼくは自分の愛の床に急ぐことができるのだから……
私は中世の吟遊詩人たちの歌やその他古楽と呼ばれる曲の単純で抒情的な旋律の美しさが大好きです。
初めてそのことに気づいて感動したのは、あの有名なオリビア・ハッセーを主役にした映画「ロミオとジュリエット」の中での宴の出会いのシーンで吟遊詩人が歌った曲を聴いた時でした。その時はそれ一曲しかない映画音楽だと思い込んでいたのですが、その後このような古曲がたくさん残されていることを知り、それを楽しむことができるようになりました。
中世の歌曲から伝わってくるものは、ほんとうに自然そのものの中に溶け込んだ人々の暮らしぶりであり、愛や信仰のあり方です。
この「おやすみ優しいニンフたち」はエマ・カークビーというまるでナイチンゲールのような歌声の女性歌手が歌っていますが、花の咲き乱れる野や森の中で歌ったなら、小鳥たちの歌声の中に交じり込んでも何の違和感もないような雰囲気をもっています。
エマ・カークビーは「私たちが最も単純なことを模写するのに大変な苦労をするというのはおそらく芸術の本質なのでしょう。たとえば作曲家はいつも鳥の歌を描写しようとしてきましたが、もちろん、彼らの巧まざる名人芸と同じものを書くことはできません」と語っています。
彼女がここで芸術の本質といっているのは、単に小鳥の歌が自然から与えられたものであり最高のものだと言っているのではなく、小鳥ほどに何の雑念もない心境に到達した上で、人が人為的に作品を作り出す状況の難しさを語っているのだと思います。
中世の頃の人々はそれをほとんど無意識に感じ取って直接的に神の創造物としてひたすら無垢でありながら、驚くべき技巧でさえずる小鳥たちをお手本にしてこのような歌の数々をつくったのではないでしょうか。 「おやすみ優しいニンフたち」は非常に愛らしいとともに実際には穏やかで官能的な子守歌と言われています。
アルバムの最初の曲「お聞きなさい小夜鳴き鳥が」などは、特に小鳥たちも脱帽するほどの歌うというよりさえずるといったほうがぴったりの絶妙な美しさです。
眠れない夜のひととき、この甘くメランコリックな大人の子守歌を聴きながら遠い昔の野や森や髪に花を飾った乙女たちの美しい姿に想いを馳せればロマンティックな夢の中に旅することができるかもしれません。
[若月まり子 2007/09/01]
(注)エマ・カークビーが歌う「おやすみ、優しいニンフたち」が収録されている中世歌曲集のCD「エマ・カークビーの肖像」はポリドールから発売されました。エマ・カークビーにつきましてはインターネットで数多くの情報を得ることができます。
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