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寄稿「妖精工房の記憶」野芹

 12月の肌寒い日の午後、アトリエ・ラ・リュンヌを訪れる機会を得ました。
 若月まり子先生には作品展の折には何度かお会いしていたものの、アトリエまで伺ってお話できるという興奮で、朝から緊張は既にピークに達していました。
 アトリエはモダンな8階建てのビルの最上階にありました。
 アトリエを入ってすぐの大きなテーブルの上では、清々しいまなざしの聖夜の天使とたくさんのエルフィンたちがいました。
 若月先生と社長のお二人は、大切な休日でもあったにもかかわらず、笑顔で私を迎えてくれました。

 若月先生は高校時代に美術科を専攻、絵画を勉強していたそうです。
 当時の美術教育は現在よりももっと保守的で閉鎖的な傾向があり、先生は独自の自由な発想や想像力で絵を描くことが許されず、苦しみ、徹底的に打ちのめされるという辛い経験がありました。
 画家として進む道を断念した後に、お母様と共同で洋裁店を経営。巷にありふれたデザインでは満足できなかった先生は、オリジナルデザインを自ら描き始めました。
 洋裁の型紙起こしや布花作りなどの技術は、この時期に習得したそうです。
 この頃はまだ人形作家になるなどとは、全く念頭になかったそうです。

 服飾デザイナーとしての先生の転機は、32歳のときに四谷シモン先生に人形を学んだことがきっかけでした。人形制作の基礎を学んだ後は、試行錯誤を重ねながら独学で現在のノウハウを作り上げたそうです。
 それまでに持っていた絵描きとしての感性や世界観、服飾デザイナー、パターンナー、布花アーチストなどの全ての要素が人形制作へ注がれたのでした。

 意外だったのは、一点物の作品が元々は非売品だったということでした。
 一点物は、エルフィンたちを販売するときに売場のディスプレイ用に作製されたものが始まりだったのです。ところが予想に反して一点物を欲しがる方が多くいたため今日のような体制になっていったそうです。

 現在準備中のプランである「七日物語(なのかものがたり)」についても構想をうかがうことができました。
 これはルナ(ミルティス)サイズの人形を「曜日の精霊」が、それぞれヒロインにまつわる物語を一日ずつ語りついでいくというシリーズです。
 各曜日ごとのストーリィを先生がオリジナルで書きおろし、ヒロインを作品化します。
 7人の少女たちの恋がテーマです。
 たとえば、金曜日の少女はフランスのグラース地方の香料採りの仕事をしていて、胸に情熱的な恋を秘めている・・・とか。
 どんな作品になるのか、想像しているだけでも今から楽しみです。

 もうひとつの流れとして研究中のテーマが「ルネッサンス」だそうです。
 イタリアのルネッサンス時代の色彩やイメージをモチーフにした作品作りを進めているそうです。また、レオナルド・ダ・ヴィンチやシェイクスピアの少年時代をモデルにした作品も試作中でした。

 作品に対するこだわりは、想像以上に強いようでした。
 たとえば先生が、「どうしてもこれでなければ」と思う布やレーヨン糸などの材料は、需要が少ないことからどんどん製造中止、在庫限りとなっていること。そしてまた、材料を加工する腕の良いかつら職人や布地ののり引きする職人の方々も、後継者が断たれつつあるということを、先生は心から憂えている様子でした。
 モヘアやシルクオーガンジィなど、こだわった素材をふんだんに使っている制作状況を見て、納得する作品を作るために先生の徹底した姿勢を改めて痛感しました。
 先生は作品展が近づくと、睡眠時間をほとんど取らずに作品制作に打ち込むそうです。
 以前よりは無理がきかなくなったとおっしゃっていましたが、ほっそりした姿を拝見するにつけ、心配になります。
 とはいうものの、人を感動させる作品を生み出すためには精神も肉体も研ぎ澄まさざるを得ないものなのかもしれません。

 アトリエは甘く涼やかな香りにつつまれていました。
 作りかけの半裸のエルフィンや、まだ花やドレスになっていない手染めの薄絹、髪になるはずの糸の束など、まだ作品のかけらでしかない美しいものがそこここにありました。
 できあがって静かに出荷を待つエルフィンたちのいる棚は壮観でした。
 とりどりの華やかな色彩と芳香で、胸が痛くなりそうに綺麗でした。
 量産とはいえ、エルフィンたちはひとりひとりが手作りで、似ているけれど全く同じ子はひとりもいません。そこにまた、えもいわれぬ魅力があると思います。

 こんなにも惹かれてやまない妖精たちの生まれる場所は、秘密の香りに満ちていました。
 訪れた時とは違うドキドキした気持ちを抱きしめながら、幸せな訪問を終えることができました。

筆者紹介
野芹(のぜり)
幻燈屋で、画工として働く。駆け出しの頃に吉祥寺にてエルフィンのスイートピーと遭遇。 その後、なぜか旅先でエルフィンを購入することが続く。が、いつの間にか坂を転がるように一点物の作品の虜となり、現在に至る。 天使、ロビングッドフェロー、エインセルのタイプによろめくこと多し。 若月先生の布花の微妙な色使いやディディールも大好き。

編集注記
上記の「妖精工房の記憶」は、一愛好家から見た若月まり子の作品について野芹さんに依頼して寄稿されたものです。上記文章中に出てくる「七日物語」を若月まり子は現在作品制作と同時進行で執筆中です。ご期待下さい。出来次第人形作品とともに物語も一篇ずつ掲載していく予定ですが、物語は人形作品よりも発表が遅れるかもしれません。また、ルネッサンス風の作品は2003年春の松屋展に数点出品予定です。

上記文章の無断転載はお断りいたします。(C) Nozeri. 2003

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